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鼠径ヘルニア(脱腸)の歴史と由来~古代から現代の腹腔鏡手術まで~
2026.02.28

こんにちは。調布駅前そけいヘルニアクリニックの菅間(かんま)です。
足の付け根が膨らむ「鼠径(そけい)ヘルニア」。一般的には「脱腸」として知られていますが、実はこの病気、人類の歴史と同じくらい古くから存在することをご存じでしょうか。
今回は、少し視点を変えて、この病気の名前の「意外な由来」と、かつては命がけだった手術がどのように進化して「安全な日帰り手術」になったのか、その歴史を紐解いてみたいと思います。歴史を知ることで、現代の治療がいかに恵まれたものであるか、安心していただけるはずです。
なぜ「ネズミ(鼠)」の字が使われるの?
まず、多くの患者さんが疑問に思うのが「鼠径(そけい)」という言葉です。なぜ「鼠(ネズミ)」という漢字が使われているのでしょうか。
これにはいくつかの説があります。一つは、足の付け根(鼠径部)の筋肉の形や凹みが「ネズミの背中の曲線」に似ているからという説。もう一つは、この部分の動きが「ネズミが這う様子」に似ているからという説です。古代中国の医学書に由来するとも言われており、昔の人は人体の特徴を身近な動物に例えたのかもしれません。
また、「ヘルニア(Hernia)」という言葉自体はラテン語で「突出」や「膨らみ」を意味し、さらに遡ると「若枝」や「芽」を意味する言葉が語源です。体の中から何かがポコッと出てくる様子を表しています。
日本では江戸時代頃から、分かりやすく「脱腸」という言葉が使われてきましたが、これは文字通り「腸が脱出する」状態を指す俗称です。
手術の歴史~命がけの治療から「根治」へ~
鼠径ヘルニアの記録は古く、紀元前1500年頃の古代エジプトのパピルスにも記述があります。しかし、長い間、外科手術は危険を伴うものでした。
近代的な手術の基礎が築かれたのは19世紀後半です。イタリアの外科医バッシーニ(Bassini)が1884年に考案した手術法は、弱くなった筋肉の壁をしっかりと縫い合わせる画期的なもので、現代に通じる術式の基礎となりました。
実は日本でも、明治時代に画期的な出来事がありました。「ビタミンの父」としても知られる高木兼寛氏(慈恵医大の創設者)が、1889年に日本で初めて、全身麻酔と消毒法を用いた本格的な鼠径ヘルニア手術を成功させています。当時はまだ感染症が恐れられていた時代ですが、高木先生はロンドン留学で学んだ最新の無菌手術を取り入れ、安全な手術への道を切り開きました。
劇的な進化~メッシュと腹腔鏡の登場~
20世紀後半になると、手術はさらに劇的な進化を遂げます。以前は筋肉同士を無理に縫い寄せていたため、術後の「つっぱり感」や痛みが課題でした。しかし、人工の網(メッシュ)で穴を塞ぐ方法が開発され、痛みが少なく再発の少ない治療が可能になりました。
そして現在、主流になりつつあるのが「腹腔鏡(ふくくうきょう)手術」です。 1990年代初頭に導入されたこの方法は、お腹に小さな穴を開けてカメラで見ながら手術を行います。 日本では1990年代から普及し始め、当初は高度な技術が必要なため普及に時間がかかりましたが、技術認定制度やガイドラインの整備により、現在では多くの専門施設で標準的に行われるようになりました。
腹腔鏡手術の最大のメリットは、「傷が小さい」「痛みが少ない」「社会復帰が早い」ことです。かつては入院が必要だった手術も、今では日帰りで受けられる時代になりました。
まとめ
「ネズミ」に例えられた古代から、高木兼寛氏による日本初の手術を経て、現代の腹腔鏡手術へ。鼠径ヘルニア治療の歴史は、まさに「患者さんの負担を減らすための進化の歴史」です。 現代の私たちは、数千年の医学の進歩の恩恵を受け、安全に治療を受けることができます。もし足の付け根の違和感でお悩みなら、怖がらずに専門医へご相談ください。
よくあるご質問(Q&A)
Q1. 昔の手術と今の腹腔鏡手術、何がいちばん違いますか?
A. いちばんの違いは「傷の大きさ」と「術後の回復」です。昔は大きく切開していましたが、腹腔鏡手術では数ミリの小さな穴で済みます。そのため痛みが少なく、日帰りや早期の社会復帰が可能になりました。
Q2. 「脱腸」と「鼠径ヘルニア」は違う病気ですか?
A. 同じ病気です。「脱腸」は昔から使われている俗称で、「鼠径ヘルニア」が正式な医学用語です。「鼠径」という言葉は、足の付け根の形がネズミに似ていることに由来すると言われています。
Q3. 手術の歴史が長いということは、再発もしやすいのでしょうか?
A. かつては筋肉を縫い寄せる方法だったため再発もありましたが、現在は「メッシュ(人工補強材)」を使用することで再発率は大幅に低下しています。歴史の中で改良が重ねられ、現在は非常に完成度の高い治療法となっています。
参考文献)
▼医学論文・専門誌
• Bassini法,Shouldice法 (臨床外科 51巻7号)
https://doi.org/10.11477/mf.1407902339
• Ⅰ.総論 1)ヘルニア手術の歴史と展望 (手術 78巻8号)
https://doi.org/10.18888/op.0000003972
• 高木兼寛と鼠径部ヘルニア手術 (慈恵医大誌 2018;133:1-4)
https://ir.jikei.ac.jp/record/5074/files/133-1-1.pdf
• 移り変わる腹腔鏡下鼠径部ヘルニア治療の 過去・現在・未来 (日鏡外会誌)
https://www.aichi.med.or.jp/webcms/wp-content/uploads/2020/06/67_1_10_hayakawa.pdf
この記事の著者

菅間 剛(かんま たけし)
2007年、慶応義塾大学医学部卒業。横浜市立市民病院、練馬総合病院、千葉西総合病院、東京医科歯科大学医学部医歯学総合研究科、世田谷北部病院などの麻酔科に勤務し、5000件を超える手術麻酔を担当。2023年、調布駅前そけいヘルニアクリニック開院。
東京都調布市出身で、父も調布市内で「菅間医院」の院長をつとめる。